高品質な決意と、低級品か普及品の決意

▼▼持続計画まで含めた緻密な計略込みの決意を決意の高級品として見つめ、単に声高に謳って掲げるだけの世迷い言を思わせる発信を低級品というか普及品の決意として認めて眺める。とする。▼▼前者だけをあえて「決意」と呼ぶようにしてみることで、決意を志した時の姿勢がよくなるのでは?──認識が慎重になって、三日坊主雰囲気の怪しげな決意を「決意」として扱わなくなって、決意する、ってことにとってよくなるのでは? と考えてみたけど、心理心境を細かく精査するのって難しいし時間がかかるし手間がかかるから、実際的には難しそう。持続性甘くて低級品ですねー、ってなってしまいそう。