家の中の常識を疑うところから、じぶんの右手を挙げる動きまで疑い始める感じ

▼▼家族内などで当然のように実行されている光景のみを見てきたせいで、ある行為や行動が決して常識的なものではないことに、うまく気づけない、っていう状況が、まあ当然あるだろう、って思うけど、せめて一回「当然だと思ってたのに違ってた……、誰かに話してみたらすごく驚かれた……」って経験を積めたなら──積めたあとなら、疑いの目を向ける隙間が様々な局面で見えてくるはずだろう、とも考える。
▼▼瞬間瞬間細切れにしたじぶんの一挙手一投足を、凝視し始めて「当然かどうか改めて疑う」ことすら可能かな、なんて考えていた。
▼▼なんていう「挙動一つ一つを精査していく視線と行動の調整」を、実際に試してみたら、だいぶ愉しかった。できる限り続けたくなるような静かで気持ちのよい視線だった。
▼▼ので、巧いこと日々に組み込めたらよいな、なんて思った。▼▼強い意志や決意や精神集中がないと続けられない類の行為だとも思えたため、戦略や戦術、陣形と構え、補給線まで考えて動かないと続くものにはできないだろうなー、って考えたりした。