原因と理由の違いにおけるつながりかたと、基本と応用

▼▼引き続き、原因/要因/理由/根拠/責任、あたりの概念を整理しよう、と藻掻藻掻していた。▼▼調整をいくら続けても、微妙な位置づけの違いがあるように思えて、綺麗に整理できた!と思ったあと、ぽんと思いついた別の言葉の組み合わせで言葉使いを合わせ直してみたら、思ったよりズレちゃうなー、って思ったりするのが続いて、まあ終わらなくなった。▼▼こういう、整理がまだ巧く完了できてない状態、を嫌がっているところはあって、言葉にするのも意識的に避けがちなのだけど、時々は、思考記録としてあえて残しておくならこういうもののほうが実際は活かし甲斐があるんじゃないかなー、なんて思えたりもするので、迷いも発生するというか、試してみるかなという風情に寄ることもある。試してみるかなと思えたので書いてる。
▼▼原因と理由の違いを説明しきれなかったところがあって気になってる。基本型と応用型で捕捉できるのでは、って考えてみたけど、しっくり腑に落とせなかった。互いに基本型で認識できちゃうよなー、と思えてきたせいだ。
▼▼なんて言葉にしてみて、根源的な存在のありかたから「基本型」であると断言できてしまうような「真性の基本」なんてものはないのかもなー、って思いついた。観測する側が勝手に「基本」となる場所を設定できて──設定してしまった上で、改造改変改築後と認識できちゃう関連概念はぜんぶ「応用型」として認識可能なのでは?って連想だ。
▼▼じぶんが「基本→応用」型として視ていたものも、再整理したら「単純→複雑」「広義→狭義」あたりで言い換えできそうな上、単純→複雑の概念関係性と、広義→狭義の概念関係性って、逆な雰囲気出てるから、混乱のもとのひとつがこのあたりなのでは、って思えた。▼▼現時点の印象だと、単純→複雑の軸だと、原因が基本/単純型で、理由が複雑型に見える、のだけど、広義→狭義の軸だと、理由が広義/基本型で、原因が狭義型に見えてる。▼▼けどまあ広義と狭義でなぜ広義が基本なのか、っていう疑問もあるというか、狭義が基本となる場面も想像できる。広義狭義って言葉は不適切だったかも。一般状況型→限定状況型って言いかたがよさそうかなー。
▼▼記述予定の話とぜんぜん違う話に繋がっておもしろがったため、後日また考える。