不出来を許しすぎる

▼▼不出来な文章でも恥ずかしがらずに公開するように心掛け始めている。日記を習慣づけよう、と改めて狙っているからだ。幾度となく敗北を繰り返していながら君もよくよく懲りないな、と思うところはある。別に三日坊主を死ぬまで繰り返してたって別にいいんじゃないスかね的理路は巧いこと獲得できたかな。獲得できてよかったと思っている。
▼▼不出来な文章を許そう、と重いながら書いてたら、不出来な文章を手抜きな雰囲気で書いてサボってラクしちゃえ、的な眼差しにすり替わってて、駄目だなーと思った。意識の若干の違いで品質が落ちすぎる、し、落ちすぎて不満が強くなりすぎる。
▼▼不出来な文章を許そう、って心理だと品質40点程度までは許容できて、だからこそ品質40点以上の文章になるように推敲する雰囲気が生まれるのだけど、無意識的な「手抜きしてサボってラクしちゃえ」狙いになってると、意識せず意図せぬまま品質20点くらいで書いちゃってることがあって、けど意識的には品質40点以上を思い浮かべながら書いているから、結果、のちのち読み返した時に、不満が許容ラインを超過してる、っていう雰囲気話ができるかな。
▼▼軽く書こう──お手軽お気楽に書くことを許そう、とは思ってたけれど、おのれの心がここまで質を落とすことを許容してしまうとは思ってなかった……、見逃してしまうようになるとは想像できていなかった……、的な。単なる惰性と堕落かもとは思う。あるいは判断ミスだろう。緊張の糸を緩めた時に想像以上に緩みきってしまう(ことがある)のは、判断的にだいぶ難しめだ、と判断できるようにはなった、はずなんだけどなー。