深夜勤務明け

▼▼深夜勤務を終えて帰路についた。電車で帰宅する。以降、風景描写を少ししよう、と思ったのだけど、視線を風景に向けた記憶がほとんど残っていなかった。以前とは違うなあ、と感じた。以前は風景の印象がもっと鮮明だった、とまでは言えないにせよ、まあ現状よりはいくらか強かったのではないかと思える。目線が変わったのかな?とは問えるかと思う。同時に、風景を見るのと見ないのでは見るほうに素敵を覚えるところもある。
▼▼でもって無論、丁寧に考えると疑念は湧いてくる。風景を見る人生と見ない人生では見る人生のほうがよい、と感じてしまう。けどなぜそう思う? と問われたら、答えには窮する。賛同はしたくないなって思ってる。正しい人生、なんていうものがあることを拒否したいから、っていう要素はわりと強くある。風景がナンボのもんじゃーいとは思っているはずだ。美しく雅な風景を一度も見ることがなくても人は幸せな人生を歩みうる、とは信じるほうが当然好きだ。なんて言える心境の話だろう。
▼▼気楽で手軽な自然体で文章を書くと、やはり疑問と回答が雑になるなあ。疑問文表層部をなぞる感じにはなりがちだ。踏み込めるでしょうもっと、って印象が同時発生する。
▼▼帰路で宮原るり『僕らはみんな河合荘』の一巻を買った。深夜明けはわりと漫画を求めがちである。眠さ疲れでツライので物語的楽しみによる相殺を狙ってしまうようだ。実際だいぶ面白くて、はっと目を上げたら最寄り駅だった、なんて言えた。続きも楽しみにできている。恋愛要素の進み具合がゆっくりっぽいなーと思えていて、不安だ。早く続きが読みたい欲の顕れである。飼い殺しや生殺しとかいう心境かな。