街場の現代思想(内田樹)を読み終えた

街場の現代思想 (文春文庫)

街場の現代思想 (文春文庫)

▼▼極めて楽しんで読めたかなと思った。好きな著者だ。著書読了率は低いので今後も継続して読んでいくと思う。社会状況に対する分析──切り分け、における、思想素材と人間素材のあてがいかたが、巧い、って印象があるかな。▼▼著者の「街場シリーズ」の最初のようだ。前半戦では、時事ネタ「文化資本話」と「負け犬の遠吠え話」が語られ、後半戦では、若者からの質問、人生相談、に対する回答集風味が語られている。
《90点》

「生まれつきの文化的貴族」の優位性はそれを「嫉視する」人間が介在してはじめて成立する。
「このワイン、あっちよりおいしいね」「ほんとだね」というような会話をしているだけでは文化にならない。
「このワイン、あっちよりおいしいね」「おおお、同じシャトーの一九八九年ものと九〇年ものの味の違いがあなたには識別できるのですか。ああ、さすがにお育ちが違う!」というような「受け」をする人間がいてはじめて「あっちよりこっちがおいしい」ということが識別できる能力が「文化資本に認定される」のである。
──P.44

 想像してみたまえ。君が希望するように、勤務考課が真に厳正であったら、どういうことになるか。年齢も、家族構成も、勤務年数も、学歴も、何にも関係なしに、純粋に「能力だけ」で給与と身分が査定される会社に勤めた場合に何が起こるか。
 そのとき、会社の中のすべての位階差と給与差はまること「剥き出しの人間的能力の差」あることになる。
 そうだろ?
 能力主義の会社で、勤務考課が厳正なんだから。
 君より給与が一万円高い隣の席のスズキは、君より一万円分「人間的能力が上」だということになる。
──P.101

 ニーチェは「奴隷道徳」に対して「貴族道徳」というものを考案してみた。これは「畜群」や「奴隷」を見ると「吐き気がする」という感覚のあり方を斥力として、人間を向上させようとする戦略である。
「げ、あんな連中といっしょにしてほしくないぜ」という嫌悪感をバネにして人間的成長をはかろうというのである。
 論理的には整合的なのだが、『道徳の系譜』を書いたときにニーチェがまだ気づいていなかったことがあった。
 それは「畜群」というのは「畜群を見ると吐き気がする」というような「貴族のマネ」も簡単にできるタフな生物だった、ということである。
──P.219

[★★★★★][語り口と切り口のどちらが好きなのか、両方好きなのか][文化資本主義の時代][負け犬の遠吠えのクールなあり方]「敬語について][お金について][給与について][ワーク・モチベーションについて][転職について][社内改革について][フリーターについて][結婚という終わりなき不快について][他者としての配偶者について][離婚について][贈与について][大学について][学歴について][想像力と倫理について]