世界は称賛に値する

日記を書きます

昨日今日明日を眺めて書く

論理破綻にびびりすぎだろう。繊細な理路を追って読んでる読み手などそうはいない。のだから、意識しすぎなくてよい、と判断しそうになって、見てる人の多寡だけでこの手の美意識貫く系問題を処理するのはあやうくないか?と思えてきたので、やめる。ともあれ、携帯電話で、ともすれば歩きながら文章考えてると、容量不足を痛感する。複雑な処理ができない。くるくる舞うみたいな文章のほうが書きやすい、ってなって、やりやすさで安易に流れるみたいなのどうなんでしょうね、ってなってる。とはいえ検討してみたいだけだ。せめて、もしや駄目かも、と思っておきたい。というの型の思考はちょくちょく行なってるなと思った。