土曜日の始まり

▼▼考える、って何なんだろう、っていう基本的疑問文を、普段、日常、とろとろ歩きながら考えたりはするけど、あまり書かないので、書こう、って改めた。書くことも意外とありで有効で有益だろう、って考えてみた。疑問文「何だろう」には、構造分析と価値判断があるので、混同はしないように、あるいはむしろ混同させて、考えろ、とも思った。

昨日出逢って、記憶とおすすめを兼ねて、備忘録的なニュースにできればと考えました。

→ 「この小説にあらゆる書物から「日本野球」を見出だす男が現れるように、あらゆる事柄を「日本野球」に例えて書く作家がいて、その書物からあらゆる物事を見出だしたり、「日本野球」以外の、何か特定のテーマを見出だすこともできるのかもしれない、ということを語る書物もあるのだろう」

→ 「翻訳はそこに起こっている。「詩とはかくあるべし」、「小説とはかくあるべし」からずらしていく力――それが翻訳で、それは紋切り型には収まらない。私の頭の中に流れた言葉が、仮に紋切り型の表現であったとすれば、私が忘れるとは思えなくて、おそらく私が忘れたのは私の紋切り型辞典に存在しない語句が、流れたからだろう。桜の、桜を見る人々の美しさ、詩情は、そのとき流れた言葉においては、ほとんど私にとっては最大限満足のできるレベルで表現されていたはずだ」

→ 「魔王には魔王にしかできない役目があり、勇者には勇者にしかなしえないことがある。そこまでならほかの作家でも描きえたかもしれない。しかし、この作品では、音楽や商業や医療や土木工事が歴史にいかに大きなインパクトを与えるか、そのことも戦争と並行して描かれるのだ。   ファンタジー世界に経済の概念を持ち込んだという点で、本作はたとえば『狼と香辛料』に似ているかもしれない。だが、『狼と香辛料』が(近作は読んでいないのでしらないが)、比較的小規模なスケールでの物語を描いているのに対しこの物語は世界規模での経済の発展とさまざまなプレイヤーたちの経済戦を描写している。  より正確により迅速に先を読んだものが勝利する武器なきたたかい。それは「豊かさ」を、「幸せ」を求めるたたかいである」

→ 「あなたはあの頃、 短歌をつくりたいというより、 何者かになりたい、 という気持ちのほうが先にあった感じでした。  表現は、 そういうふうにして始めたら、 必ず行き詰まるのです」