お茶の水丸善で買った

【1】零崎人識の人間関係 匂宮出夢との関係(西尾維新)

零崎人識の人間関係 匂宮出夢との関係 (講談社ノベルス)

零崎人識の人間関係 匂宮出夢との関係 (講談社ノベルス)

 そこは病院である。
 病院とは言っても、健康保険証は当然のように通じない、席の医師免許を所有する者はひとりも勤務していない、そういう秘密裏の病院だ──雰囲気はあくまでも一般の治療施設と何ら変わるところはないが、そういう視点で見れば、やや薄暗い──後ろ暗いところのある建物だった。
 その一室で。
 石丸小唄は、その名の通り、歌うように言った。
「『幸福な家庭はどれも似たようなものだが、不幸な家庭はそれぞれに不幸である』──という言葉が、トルストイの小説の冒頭にあるのをご存じですか? お友達(ディアフレンド)?」

▼▼終わりの終わりである。終わりの終わりを読んでいるなあと思った。零崎一賊の人間シリーズの最終話的なシリーズ「零崎人識の人間関係」は、四冊同時刊行の物語で、けど明確な順序が示されてはいなくて、読書の順序は好きにしてよいよ、って言えるもの、として描かれている。ので、最後の四冊目が強制的にシリーズ最終巻としても機能してしまうのであった。最終話を──締めを──結びを、選択可能である、と言える。脳裡の事前情報の違いによる「解釈の違い」により雰囲気や意味合いを変えてみせましょう、なんて狙いがあるのだろう。▼▼零崎人識が中学生の頃の物語、であって、汀目俊希という名前がまだ残っている頃の物語、でもある。出夢巻を最終巻設定して読む場合は、順序は、戯言→伊織→双識→出夢、を推奨している、なんて軽い解説があとがきにある。距離の違いかなー? と思った。近いところから遠いところ? いや、逆? もう断絶すらしようのない断絶しきった反転の至近距離である戯言遣い、から、密接密着近づきすぎて断絶してしまった匂宮出夢へ、とか言えたりしそうだ、なんて考えていた。関係がなさすぎて関係がありすぎる鏡映しの裏表こそが最接近、なんていう解釈は、油断と諧謔によって可能になりうるものっぽいけどわりとアリかなあと思った。楽しいかなあと思った。