木曜日の始まり

▼▼深夜業務を明けて書いている。睡眠欲がうっすら残っている。睡眠に対する認識に関しては、稼働効率が落ちるので定期的に取らないと駄目ー、というものがまずあって、まあこれは、世界愛と自己愛が混じったものだ、って無理矢理は言えたりする。世界は意識の所産であり睡眠は意識を奪うものなので睡眠嫌いは世界好き、みたいな理路かな。あとまあ、別に無理矢理でもないかなー。でも、無理矢理に聞こえるかなーという想像はできている。というか、してみた。なんで想像したくなったんだろう、というあたりを、巧く突き詰めていくと、思考や感覚に対する愛の話もできるかもなあ、他者愛の話にもなるかなあ、って連想もしてみている。若干愛愛言いすぎなような、愛を語るのに謙虚も派手も関係あるかというような、遠慮しすぎず素直に軽々しく言っちゃおうぜ、みたいな空気の時も、時折はあって、嫌いではない。論旨が混乱している、のかな?

昨日読ませていただいたもので、記憶インデックスとおすすめニュースを兼任して記録。

→ 「数学の問題と解答を書き写すことの目的は、解答パターンを《暗記する》というよりも、それ以前に、数学処理のためのチャンク(処理単位)を増やすこと/正確に情報が伝達することです。  「一字一句書き写す」といいいますが、英語でも最初は、アルファベット一文字づつしか書き写せなかったはずです。それがやがて一単語づつ、一句づつ、一節づつと、「こぼさず運べる」量が増えると、英語の処理能力は増えていく(大雑把にいって一度に運べる単語数×100がTOEICの得点をおおよそ予測してくれる。4つの単語づつ書き写せる人は400点前後、5つなら500点、6つなら600点という具合に)。  同様に、数学も、慣れないうちは、《一字づつ》書き写すしかできません。 しかし「こぼさず運べる」量=チャンクの大きさを増やしていくことが、数学の情報処理の効率を高めます」

→ 「既に”大きな物語”は失われ、かつての神々すら一個人として生き、参加しているこの聖魔杯で、”未来視”という、失われた物語の名をヒデオは名乗ってしまった。 もとよりそれはただのカン違いで、彼は勝ち残るためにその嘘に乗ったにすぎませんでした。しかし嘘を吐き、等身大の、ただの無職である自分自身を否定し続ける事を選んだ以上、彼は成長することを余儀なくされます」

→ 「自分としては、D1(作り手の発掘・周知)が劇評の最も重要な役目であり、続いてD2(作り手への刺激)とD3(作り手の鼓舞)とB3(読者の認識の拡張)があり、A1(記録)とB2(読者への快楽の付与)とC2(執筆者自身の再認識)もあったほうが好ましいと考える。当然ながらC3(報酬)はあったほうがよい。とはいえ、単純にお金が欲しいだけであればもっと割のいい仕事はあるはずだ。」

→ 「この日記に記されること。俺のだいたい半分くらい。かなりの本音。記されないこと。俺と女のこと。実名的なこと、仕事の詳細。そして、さらけ出してさらけ出して、それでも、やっぱり恥ずかしいからしまっておくべきこと。  性的な嗜好くらい、さらす。学歴だって、さらす。でも、なんか、ちょっと隠したいこと。しかし、それこそが、俺? 俺は、俺を記録する俺マシーン。やはり、できるかぎりのことは、記すべきだ。いつ、こっちの脳味噌のハードが、ぶっこわれるか、わからない。ぶっこわすかわからない。だから、一つ、秘密をさらす」

→ 「うちのじいさんは変な人で、婆ちゃんが「漫画じゃあるまいし」って言ったのに「おいおい、漫画の登場人物が言うことか」と返していたことがある(婆ちゃんは流してた)。現実の中に対応を見つけることのできないフィクションの亡霊を現実に定着させるための儀式だと言っていた」