日曜日の始まり

▼▼あることはよい。けど過剰なのは困る。って理解している範囲が着々と増えているなあ、と自覚した。問題は存在することではなくて、存在しすぎることである、って言うような。有無に文句言ってる暇があるなら最適な量やバランスの踏まえかたを考えろとでも言うような。制御可能な範囲でやってる分にはよかろう、って感じだ。▼▼落ち着きや客観性や自制心やブレーキ機構や調整機構、を、同一地点に準備できない、ような、余裕も隙間もない状況は、避けろ、って話なのかなあ? と最近は想像してもいる。
▼▼起床時刻は記憶が曖昧である。勤務開始は午後2時だったと思う。曜日に関する好き嫌いはあまりない。曜日によって世界を見たくない、っていうのは若干あるかなー。あるせいで、準備しているのだろう。語らないことで意識にも挙げず、結果、いつしか勝手に棄ててしまっているような、姿を、目指して、頑張ってしまっているのではないか。と。

相も変わらず読ませていただいてます。備忘録とおすすめを兼ねているインデックス。

→ 「長いです。2時間くらいかかります。でも2時間くらい睡眠時間削ってもなんともないでしょ。とにかく消えてしまう前に、これを見るべきです」

→ 「やっと利益が出るようになって、ネットバブルの傷もすこし癒えて、なんとか利益が出始めたというときに、もう一発勝負に出ました。 なぜなら、19歳のときに決めてたからですね。40代、私が事業家として40代のときには勝負をすると。 48歳になりました。ボーダフォンジャパンを買収しようと思ってたときには。 48歳。40代のときにひと勝負をする。ブロードバンドで全財産投げ打った。こりゃまだね、勝負はしたけど、まだちいとしたらぬ。 48歳、あと2歳残ってる。ということでもうひと勝負かけよう。もう1回全財産つっこんじゃえ」

→ 「自然はそう簡単にはその懐を開いてはくれない。辛抱強く時間をかけて付き合ってはじめてその秘密が少しずつ開示される。相手が何だろうと、それまでの自分という輪郭や境界が揺らぐ中での相互の観察を経てはじめて、相手は単に一方的に見るだけでは見えてこない姿を垣間見せる。そしてその記録に使われる言葉はそれまでの意味体系を密かに変容させる」

→ 「外付 2TB が 16k 円くらいだった。ほんともう、現代の時代小説家が「大正時代の神田で大根一本いくらだったのかわからん」と資料ひっくりかえすように、後世の歴史小説家は、「この時代の HDD の容量と価格はいくらぐらいだったのか」がわからず狂奔するだろうね、一年や半年で容量は増えて値段は下がってアホみたいな違いが出る」

→ 「「眼の前の物をはっきり見て、凡そ見のこしということをしない自分の眼力と、凡そ自由自在な考える力とを信じ」(289頁)る。 そこからしか学問も芸術も始まらない、と小林秀雄は言う。 そして、そういう構えを「原始的」と呼んでいる」