脳裡のどこに置いておくと呼び寄せやすいか

▼▼召喚条件の話も組み込んでおいてくれよう、とか最近は思ってしまいがちかな。いわゆる「話す技術伝える技術、を教示する文章」などを眺めていて、時折妙に意識してしまうのだった。おそらく行動管理的な様式を考える機会が多かったせいだろう。▼▼話し始める前にまず「言わんとしている事柄」を一言でまとめてみせよ!的な「問題の整理」技術は、比較的わかりやすくて、確かに重要で、知っておかないと駄目駄目なのだよ、ってはっきり思うのだけど――けれど、死ぬほど重要っていうか心底大切っていうか「これがないと結局締まらない最終最後の要」っていうのは、結局、現在教示している知識がマジで必要とされるような局面で――記憶が薄れていたりあせったりしているような不安定な場面で、関連知識および「知識を活かさねば!」という「欲」が程良く噴出してくれるよう「躾ける」には、いかなる脳内環境が必要とされるのか――脳内環境をどう整えておけば衝動的で自動的な召喚が可能になるのか、っていう話題なんじゃないかなー、って思うのだ。脳内の配置に関する論旨も一緒に匂わせたり味わわせたりしておかないと実践では蹴躓きの元になってしまうんじゃないかなー、って思うのだ。
▼▼おおむね人間は、解説やまとめを知っていたはずなのにその場では全然そんな冷静に考えられなかった、的な経験、があるんじゃないか、って想像があって、だから、普段から対処に関して踏まえておかないと! って思っているわけだけど、けれど、情報を脳内でこう整理していたから、実践対象となりうるような局面で、以前の自分は、適切な知識を適切に呼び寄せることができたよー、ということまで、整理して教えてくれる教示というのは、数少ない、数少ないみたいだ、って最近は考えてしまっているのだった。▼▼脳裡の配置における適性や習性がおのおの違うのはまあ当然のことなんだろう。なので、誰かの型を単に取り入れればよい、ということにもなりはしないんだろうと思う。思うのだけど、別に無益でもあるまい、とも思うのだ。試金石にはなるじゃん、って思うのだ。