ドラッカー入門(上田淳生)

ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて

ドラッカー入門―万人のための帝王学を求めて

 膨大にして複雑な世界を前にして、西洋はそれを解き明かそうとした。一つの事実を得るならば、論理の力によって因果を辿り、少なくとも、もう一つの事実を明らかにすることができる。そしてもう一つ、さらにもう一つ。
 ただ一つ、確実なものがあればよい。そうすれば、すべてを明らかにできる。論理の力によって、神の存在を証明することができる。
 本当にそう考えた哲学者兼幾何学者がいた。一つ確実なものがほしい。わが目に映るものは、悪魔の技たる幻かもしれない。しかし、いまこれを思う自分が、ここにあることは間違いない。こうして、「我思う、ゆえに我あり」といったのがデカルトであり、その『方法序説』(一六三七年)だった。
 そこから、理性つまり論理によって、すべてがわかるとする近代合理主義としてのモダンがはじまった。
 いまから思うならば、『方法序説』とは、謙虚を装いつつ何という自信であろうか。フランスの学士院などは、科学とは因果関係についての知識であるとまで定義した。デカルトの弟子たちにいたっては、量で測れないものには意味がないとまで結論づけた。
 デカルトが求めたものは万物のための普遍学だった。これすべて、理性への確信あるいは過信というより他なかった。
――P.62