子どものための哲学対話(永井均)

子どものための哲学対話 (講談社文庫)

子どものための哲学対話 (講談社文庫)

「1」

ペネトレ:農民や医者は必要だけど、棋士とか音楽評論家なんて必要ない、って言いたいわけだね? でも、それは違うよ。人間は遊ぶために生きているんだからね。どんな遊びが楽しいかは人によってちがっているさ。将棋を指すことがいちばん楽しい人もいれば、音楽を聞くことがいちばん楽しい人もいる。そういう人は、だんだん将棋のさしかたや音楽の聞きかたが高度になっていくんだ。そうすると、そういう高度な水準に達した人のために役立つような、将棋のさしかたや音楽の聞きかたを示してくれる人が、必要になってくるんだよ。外の世界にいる人から見ると、なんだかこっけいに見えるかもしれないけど、内側から見れば、そういう人はぜひとも必要とされているんだよ。
――P.43

「2」

ぼく:料理の味を評価する権威者? どうして、そんな人がいるのさ? それに、どうして、ふつうの人の判断よりも、そういう人の判断のほうが正しいって言えるの? そういう人の好みが、ふつうの人たちの好みとちがっていたらどうなるの?
ペネトレ:あのね、料理でも、文学でも、音楽でも、なんでも、それぞれの分野がとても気に入ってそこで遊んでいるうちに、その領域で長く遊んだ経験がある人だけがわかるような楽しさってものが、だんだんできてくるんだ。これまでにいろんなおいしい料理を食べてきた人だけが、「これはすごい」ってわかるような味とか、これまでたくさんいい音楽を聞いてきた人だけが、「これはすばらしい」ってわかるような音楽っていうようなものがあるのさ。そうやって楽しさの質がだんだん微妙で繊細なものになっていくんだ。そういうのを趣味の洗練って言うんだけど、より楽しく、より深く楽しむためには、そういう洗練された趣味を身につける必要があるんだよ。
――P.46

「3」

ペネトレ:でもね、音楽を味わうことの専門家は、そういう好みのちがいはあっても、そういう好みのちがいが、なにを意味するのかってことに関する考えを持っていて、それを言葉で言うことができるんだよ。そこが大切なところなんだ。おなじ交響曲の、指揮者がだれかなんてことは、ある意味では、すごく小さなことだよ。でもね、そのちがいの中に、じつは、人間にとってほんとうに大切なことはなにか、っていうことについての、根本的な考えのちがいがふくまれているんだよ。指揮者たち自身は、そんなちがいに気づいていないかもしれないけどね。だからこそ、そのちがいを言葉で言える専門家ってものが、どうしても必要になってくるんだよ。人間がもっともっと深く、もっともっと楽しく遊べるようになっていくためには、そういう人たちの努力も必要なんだよ。
――P.48