クラシック的金曜日


昨日の感想と最近の思索

→ 現状好きだと感じている文章を形容詞で表現できないかなー。的なことを考えてみた。具体的な誰かを頭に浮かべて比喩してみる。

→ 静謐な文章。心静かな文章。鋭くて変な言葉と目線の文章。おおむねおもしろがってる文章。世界を物語にしている文章。赤裸々な文章。楽しいよって叫んでる文章。好きだって叫んでる文章。愛してって叫んでる文章。不思議だなあって笑ってる文章。

→ 傲慢かとは思うけれど、全部書けるようになりたい、みたいなところは確実にある。比喩してみて、全然しっくりきてないものもあるので、ちょっとずつ改訂してみようとかも思った。

→ まあ結局は「好きだー」って言いたいだけだけど、重荷になるのは厭だって思って躊躇しまうのだよなあ。でもまあ、時折は言葉にしておこう。

→ 己の求めているものが全部的確に理解できて、効率よく外れなく目指すことができるとしたら、幸せなのだろうか? そんなの本当の幸せじゃないと思わせるものがあるとしたらそれは何だろう? 単なるわかりやすさへの反発だったら厭だなあ。とはいえ、ぼくはそんな単純じゃない! みたいな意識は確かにある、っていうのは思う。

→ 己の限界を知れ、が妥当かは不明だ。情報は少ないより多いほうがよいことが多い、という意味で、アリかもではある。

→ 比較する必要があるのかどうかわからないけど、己が抵抗を感じ始めるギリギリのライン、と、どのあたりまでならそれにさほど気負いなく抗えるか、と、迂回して目的を達成できる道が現実としてあるかどうかの知識、なんてことのほうが重要なんじゃないだろうか、っていうのは思うかもだ。

昨日の備忘録

→ 「はじめてのドラッカー」っていう対談が楽しみでしょうがない。糸井重里さんと上田惇生さんの対話。

→ 「最近のアニメの絵を80〜90年代風にしてみた」を見て、なるほどって思った。こういう些細な変化を可視化できる知性には憧れるところがあるなー。

→ 「途中であきらめていい旅」が楽しかった。諦める、って概念は思索の種として比較的楽しげだよなあとか思う。

→ 「図で考えるとすべてまとまる」が有益そうかな。最近は図解術にはまっているようだ。理解と学習の革新があるとか思っているのだと思う。

→ 「日経ビジネスアソシエ」の最新号が図解術的なものをまとめている。これも読んでみよう、と決めた。

昨日の行動記録

→ 「勤務先」納品処理→売場手伝う→面接→面談
→ 「職場最寄りの書店」『マーケティング』買うか迷う→「ドゥポスカ」買う→「日経ビジネスアソシエ」買う
→ 「コンビニ」サンデー読む→「結界師」→マガジン読む→「魔法先生ネギま!」
→ 「電車」『ポーターを読む』を読み進める→「日経ビジネスアソシエ」読み進める

昨日の購買記録

→ 「日経ビジネスアソシエ193号」雑誌(ビジネス)
→ 「ドゥポスカ黒」uni(マーカー)

昨日の読書記録

→ 「日経ビジネスアソシエ193号」雑誌(ビジネス) 乱読
→ 『ポーターを読む』西谷洋介(競争戦略) 復習



本日の起床時刻

→ 午前06時00分

本日の勤務開始

→ 午前09時00分

本日の行動予定

→ 「日常的活動」計2時間
→ 「勤務」9時間
   ――品出し
   ――キャンペーン開始
   ――新商品販売準備
   ――面接
→ 「通勤(往復)」2時間
   ――『説明上手になれる「らくがき」の技術』を読み終える
→ 「試験勉強する」計2時間

本日の学習予定

→ 「新規範囲」1時間
   ――「企業経営理論/講義第二回 視聴続き」    60分
→ 「復習範囲」1時間
   ――「復習」  9月17日分 (昨日分)     30分
   ――「企業経営理論/講義第一回」         30分

本日の読書予定

→ 『説明上手になれる「らくがき」の技術』ミリー・ソネマン(図解術)
→ 『企業経営理論テキスト』TAC(経営戦略)