異質な酒席で過去を思うこと

▼異質な顔触れの飲み会に参加してみた。酒宴は帰り際がよいな。素敵だ。思いのほか素敵な記憶が多い、って思える。独特の空気なせいかな。別れ際は、酒宴に限らずとも、おおむね特殊な匂いなのだけど、酒気による陽気が混じったりすると、より特殊な味わいになる、って感じだろうか。思った以上に際立っていると思う。実際、記憶を詮索してみると、帰り際の記憶ってのは、想像以上に強く残っている。という記憶の想起で、微妙に寂しくなったりもしてみた。▼追懐とかで寂しくなるし、なれるよなー、って現象と行為に対して、駄目、という判断を向けたくない、とは以前からずっと思っていて、記憶が持つ寂しさすら巧く転がして肯定してやるぜ、みたいな理念があったりする。要約すると、記憶と道のりを絶望の種にはしたくない、って言えると思う。現在と過去を比較しないでも可能な「評価」の道があるんじゃないか、とか期待してるんだろう。まあ無謀かも。というか、言ってみただけだろ、って印象はある。けど、あえて無謀言ってみただけ、みたいなところから始めるのが、妥当なような――有益なような、雰囲気も、時折は許される気がしていて、活かしたいな、って思っている。甘えることなくだ。▼誰かに対して気や心を許す、ってことが、どういうことなのか、改めて考えてみてもいいかな、とは、意外と頻繁に考えてしまう。相変わらず不明瞭なせい、じゃないかと思う。いわゆる心の壁の話かな……。趣味も嗜好も合ってるとは言いがたい相手に、意外なほど心を許している時があって、わりとびっくりして、考えてしまう、のである。結局最後はATフィールドの話かよ、とは言えないな。最後まで軽視できない相手みたいだ、って思ってはいる。