受容可能性と混沌的闇を切り分けてくれるもの

▼闇ばかりが見えている。闇に対して「見える」と表現してよいのかなあ、なんてぼんやり考える。というか「見える」って何なのだろうか。というあたりを精密に描くのは難しいよなあ、って考えていた。時計が見える、って、景色の中から時計を切り出せる、ってことだと思うのだ。わかる、と同等じゃないかなあ、とか。だから、無明の闇の中で瞳は開いていて闇が見えているはずなのに「見えない」と思ってしまうのと、わけのわからない線の塊が文字だとわからずに「目の前にあるこのぐちゃぐちゃはなんだ?」とか思ってしまうのと、は、似ているよなー、と思ったりもしたのだった。見えると分かると違いは意外と僅差では? 掌握可能なものとして補足できるかどうか、と、状況としては非常に似ているのでは? 闇を掌握する機能は人間にはあまりない。混沌も同様だろう。見えない闇は光が打破し、わけのわからない混沌は知性が分断してくれる。光と知性の類似を少し考えていたのだった。晴れかどうかは不明。明けは間近だ。▼起床時刻は午前5時。勤務開始は午前9時。読書は『その仕事は利益につながっていますか?』を進めよう。