疑問文的習慣と疑わしさを呼び寄せる呪文

▼氷の中で燃える炎みたいな熱と風。陽は眩しい。遮断した光が揺らめいている。▼起床時刻は午前6時。勤務開始は午前9時。断言してしまうと間違っているかもしれないから怖いじゃないかー、とか感じられる人に対しては、疑問文にすればいいのに、とか思っていたりする。というか、現状の自分が怖がってすぐ疑問文にしていると思う。意外と客観視が近寄ってきて楽しかったりもするのだ。疑問文が「怪しいなあ」という心持ちを喚起し、再思考を促してくれたりする。疑問文にしてみると、断言的できる形で判断していたことさえ、危ういものに見えてくる、のだ。脊髄反射で怪訝な目を向けてしまう、という雰囲気かな。ま、判断の精度の基本だろう、とも思っている。疑問文にする癖のような習慣だけが曇りがちな色眼鏡を拭い捨ててくれるのだ、みたいな。殊に「論理的精度」に対しては、習慣や癖の問題だろう、と思っていたりするから、なおさらだ。▼読書は、引き続き『その仕事は利益につながっていますか?』を読むかな。利益は重要だ。けど、正しいわけじゃない。という線引きにはわりと困難を感じている。正当にはしたくないなあ。