時間がないことを意識しないようにさせる油断的な癖がある

▼時間は不足気味だ。満足ゆくだけの時間など実際にはほとんどないのだろう。というのが怠けると見えなくなるみたいだ。油断するように人間はできているのかなと思う。弛緩を好む姿が頻繁に伺える。理由は不明だ。油断や弛緩という機能があることは相対的な有利に繋がりうるのだろうか。機関の永続がほぼ不可能なのと同様に、緊張を永続する精神もまた不可能なのだろうか、とか考えてみる。ま、単に安定しないのかな、って思ったりもする。常時の緊張を許すと絶妙なバランスが必要すぎる、というのはあるかもだ。