必須行為かどうかの考慮と疲弊してゆく精神を技術や道具でいかに補助するか

▼檻を抜けた冷気がにじんでいる。迂遠な寒さだ。雲はない。あるいは、視認が難しいほど薄いだけかな。闇の向こうに青が垣間見えている。夜明け間近だ。▼起床時刻は午前5時半。勤務開始は午前9時。雑務から始めるだろう。雑務は多いし、こなすけれど、かまけてばかりもいられまい。雑務にかまけてしまう環境を、いかに変革可能なのか、ってことが、最近の課題だ。巧く改善していこう、と考えている。何にせよ「必須かどうか」改めて検討する必要があると思う。惰性とか駄目だ。時間は限られているし、少ない。以前から少ないと思ってはいたけど、思っていた以上に少なかった。週40時間ってわりと絶望的な数値だよなあ、とすら今は感じてしまう。依頼を断る必要があるよ、と言う人が多い理由もわかった。ま、巧くやろう。冷酷な精神は別に欲するところではない。後悔するのは意味なしだ。▼読書は『続「超」整理術・時間編』を読むつもり。認識とかに誰もが弱点がある。のを、いかに潰しうるか――補助を根差させるか、って観点こそが時間術かなと考える。効率よりは余程重要なところかと思う。境界はこのあたりだろう。