面談に際して考えておくこと、序論的に

▼面談時期だ。実施している。が、忙しくて今日は着手できなかった。時間と人材の確保が難しかった。準備が必要だなー、と改めて思った。時間をかける前提では駄目だな、と思ったのだ。時間がかかってしまうパターンに備えておく必要はもちろんある。あるのだけど、前提にしちゃあ駄目だろ、と考えていたのだった。あとは、面談する価値や本質についても考えておく必要がある。再度試行錯誤しておこう。視線が揺らいでいると、つまり目的地が曖昧だと、時間がかかってしまいがちだし、効果も薄くなりがちだからだ。
▼面談を実施して、話して、何も変わらないなら、面談なんて、しなくていい。意味がなかろう。だから、変えようとすること、は、前提になってしまうと思う。あと、アクションとしては「話すこと」以外にできることはない。だから、対話および言葉、も、前提になってしまうだろう。つまり、排除できない。がゆえに、変えようとすることの定義と性質と価値、対話および言葉の定義と性質と価値、などを区別して、改めて見直して、思考し、整理し、準備を、始める必要があるんだと思う。効率と効果のためにだ。
▼着眼点は、ま、以下のあたりになるだろう。①何を話し、何を変えようとするか。②なぜ話し、なぜ変えようとするか。③どう話し、どう変えようとするか。いわゆる、WHAT、WHY、HOW、だ。つまり、対象と理由と手法、なんて言える、し、目標と障害と技術、とも言える、し、問題なところ重要なところはどこか、と、なぜ駄目なのかなぜ改善が必要なのか、と、どうしたら変わるか変えられるか、とも言える。このあたり問い直して、きちんと誘導および依頼できるようになっておかねば、と思ったのだった。
▼はっきりさせておかないとな、って思った。
▼最終地点は「この空間が良くなる」にある。あるだろう、と現時点では考えている。無論「良い」は非常に定義が曖昧だから、取り扱い注意なのだけど、識別が極端に難しいというわけでも(普段は)ないはずだから、閑話としておこうと思う。識別が難しい局面も無論ありうるのだけど、領域的には、あまりないと判断してしまってかまうまい。殊にビジネス領域では、問題になりにくかったりするな、と現段階では判断している。寂れたりうらぶれたりしなければ問題なかったりするし、楽しくない状況に陥ったりしなければ問題なかったりするからだ。繁栄や愉快を基準にしておけばおおむね問題はない、のだ。特殊な領域だ、という認識はあってもいいかな、とは思っている。
▼つまりだ。面談で対象に変化が起こり、変化が、この空間が良くなるか、という問いの前で、ま、悪くないんじゃない、と、せめて言えるようなものであれば、アリだろ、という話なんだと思う。というか、なんてあたりを基点にしてみようかな、と判断してみた。
▼認識と意識、および情報についても考えておこう。面談では結局「認識」と「意識」に接触を試みることになると思っている。情報の変化、を策として、認識を変えて、意識を変える。ということが「狙い」というか、変化させる、ってことの核心だろう、と思っているのである。ほかにはない、と思っているのだ。で、空間の良さ、を最後の判定基準にしてたりするわけだけれど、空間の良さ、に対しては、意識と空気と利益の三つを考えておくべきだろうな、なんて思っていたりもする。影響が強い、と判断しているわけだ。空間の良さを求めるにあたっての攻めどころ、とか判断しているんだと思う。
▼なので、思う。理想形と問題点と改善策という情報を素材に、認識と意識にアプローチし、説得と納得を、理解と共感を目指す、ってあたりが、型になるんだろう。
▼とはいえ、欺瞞や虚偽を使いこなし騙して騙って誘惑してしまえ、とか、うまいこと説得しちゃえばオールオッケーだ、なんていう話ではもちろんない。説明すべきことを説明して説得してやるぜ、という判断および決意のもとでの試行錯誤話ではあるけれど、妥協とか諦めとか説得失敗を排斥するつもりもないからだ。理想形にも問題点にも改善策にも賛意を得られないのなら、諦めることもまた、選択肢の一つだろう、とは思っているのである。駄目なことだってある、とは思う。可能性を最小限にしたいだけで。