四季(森博嗣)

四季

四季

 計算したことが、実行されるのに、どうしてこれほど時間がかかるのだろう。つまりは、物体が移動する、分子が移動する、電子が移動する、そういったエネルギィの制約に起因したタイムラグなのか。経過時間の存在は、彼女にとって致命的だった。不可能がもしあるとすれば、それはすべて時間の短さによるものだといっても過言ではない。
 化学反応を記せば一瞬だが、その反応が完結するのにかかる時間は、また別の条件下における影響要因を伴って、遅々として進まないものもある。ものは一瞬で温まるわけではない。物体の配置を損なわずに、その位相を保持して移動するにも、多大な加速度は厳禁であり、結果的に多くの時間が必要となる。
 人の心もまた、鈍重さを抱えている。心とは、物質の移動や変化、それが発する信号を総称した概念であるから、これは当然だろう。つまりは、質量のないものでさえ、加速度に対する制限を受けているようなもの。
 ものごとを考え、発想し、決心する思考段階と、実際に着手し、遂行し、それを成し遂げるまでの実行段階を比べれば、前者よりも、後者は格段に時間とエネルギィを消費する。無駄も多く、危険も多く、そして、不確定要素が介入する。成功するとは限らない。やり直しになることも珍しくない。現実には、摩擦がある、不可抗力がある、予期せぬ事態が多かれ少なかれ待ち受けているのだ。
 これらを複雑という一括りの概念で捉えるには、あまりにも分布が広がっている。要因としては、大きさと、重さしかないのに、どうしてここまで複雑になったのか。それは、多さ、だけに起因した問題だろうか。
――P.347