世界は称賛に値する

日記を書きます

音楽を捨てて踊れ(可能なら)

▼踊りは結局のところ音楽に依存しないと駄目なんだろうか。リズムとテンポ無しでは存続できないのだろうか。独立宣言は死亡フラグ? ま、動作は常にリズムとテンポをともなうのかもだけど、動作がいつでもすべてリズムとテンポを本質として抱えているわけでもないのだし、あえて無視してみても成立は可能なんじゃないかなー、とも感じてしまうのだ。あるいは、動作をリズムとテンポの元で構成したものがダンスなのである、とか認識すべきなのかもだ。が、リズムやテンポという音楽性を無視した踊りってのも想像できなくはないわけで、呼称に迷う。あと、想像できなくない、が錯覚の可能性も濃いな。