実際は客観性と客観的を擁護しながら、今日は何処へ向かおうとか考えてみるところ

▼客観はあるよ。此処にあるよ。というわけで――というわけでもないが、客観性と客観と客観的は全部違うよな、とか以前考えたことがある。客観を危ぶむ視線というのはわりと熟慮の末には行き着くところなのかなあ、と現段階では判断してもいる。誰も主観を排除することなんてできない。というところから、だから客観なんて無駄なんだ語るなよ煩わしいぜ、とか思うのは、まあ違うだろうな、と思う。君の心の実在は疑えるが、疑えることが軽視の理由にはなるまい、というのに似ている。たぶん似ている。取り扱いもわりと同様だろう、とも思う。客観擁護派だな、と改めて考えていた。客観的に、と自分が言う時、空虚なものを語っているつもりはないからだ。具体的で実際的なものをちゃんと目指しているつもりだからだ。▼起床は午前10時。暴風雨ではない。近隣に台風があると聞いていたが、乗り越えたのだろうか。引き続き『16歳からの経営学』を読むつもり。