言葉が持つイメージに頼らず、理路そのものの匂いで心を動かしてみたい

▼論理で情緒を見せたい。最近はよくそう思う。成せたことがないからだろう。現在までは、おおむね、言葉の匂いで情緒を描こうとしていた。言葉といつも一緒に在るがゆえに言葉の匂いとしてこびりついているもの。を、巧く活用することで、相手の感情を動かそうとしていた。愛している、という言葉が、甘美な場面に幾度となく即してきたから、甘美な匂いを持つように。理想や夢、というものが、輝くと同時に危険性も持っていて、だから、理想や夢という言葉からも、輝かしさと危険な匂いが感じられてしまうように。というような言葉周辺の気配を操って、言葉で情緒を描こうとしていた。でも、最近は、論理的側面を使ってみたい、と思っている。完成形は見通せていない。でも、論理的考察にこそ感激できる瞬間、って、稀にある。掘り下げていけばあるいは、と思うのだ。夢だ。