説得と詐称のバランス

▼想像以上に無風だったせいだろう。寒暖を意識する隙がなかった、と言える。ゆったりしていた。世界から冬が抜け落ちていた。冬という概念が。または、観念から冬が。というような形で最近は概念と観念を区別しているかも、とか考えてしまう。以前は何故か同様と捉えていた。のを憶えている。というところで、関係なく、言葉の説得性や正当性について考えてみる。説得とか納得とかは、つまり、言葉だけが発現できるものなのか、と改めて考えていた、のだ。言葉では嘘がつける。あるいは、言葉なら宣言できる。絵画や音楽で嘘をつく、ということの困難具合を考えてみると、言葉の持っている異様が浮き彫りになるだろう。嘘をつく、と時の機能と情景は、かなり異様だ。騙しの準備段階になりうる「説得の匂い」は異質すぎると思う。言葉が何故か見せる「ほんとうだぜ」という異質な気配。の、ほかでもなさ。が妙に楽しく思えた。▼起床は午前5時。似非忘年会有。