哲学の誤読 ――入試現代文で哲学する(入不二基義)

哲学の誤読 ―入試現代文で哲学する! (ちくま新書)

哲学の誤読 ―入試現代文で哲学する! (ちくま新書)

「なぞなぞ」もまた、似たような「二重の問題性」を帯びている。「朝には四本足、昼には二本足、たそがれ時には三本足の化け物って、なあに?」という、「スフィンクスの謎」に由来する有名ななぞなぞで考えてみよう。あるいは、(野矢が他の本で使用している例だが)「子どもがみんな欲しがる文房具って、なあに?」というなぞなぞでもよい。
「なぞなぞ」は、次のようなふつうの「問い」とは、大いに異なっている。「「森の賢者」と称される鳥って、なあに?」というような問いである。もちろん、この問いへの答えは、「フクロウ」である。しかし、その答えを知らなかったとしても、もとの問いの「意味」ははっきりしていて、何を聞かれているのかは分かる。「問い」の意味は分かっていて、その「答え」を求めるというのが、ふつうの「問い」の場面である。
 しかし、なぞなぞのほうは、まず「問い」が何を聞こうとしているのかが、よく分からない。いや正確に言うと、「問い」の表面的な意味(字義どおりの意味)は分かるのだが、それがさらに何を意味しているのかが、よく分からない。意味の意味が不明なのである。なぞなぞでは、「答え」を探す前に、まず「問い」の意味を考えてみる必要がある。
――P.28