[雑談記]肌触りや匂い、に似たもの、に変換して、思考を続ける

▼やっぱりメモリが足らないな、と思う。数多くの情報を参照し続けるのが困難だ、と感じる、のだ。情報を雰囲気化する必要があるように思える。というか、実際そうして活動しているな、と感じる。情報を、肌触り、などに変換してしまっている。無論、論理が破綻してしまう可能性は増えるだろう。個々の思索の位置づけが曖昧になってしまうだろうからだ。が、逆に言うなら、破綻可能性を巧く調整できるなら雰囲気で考えてみるのもアリだ、ということだ。で、そうしている。細かく分ける。時おりは手早くエントリすら分けてしまうことがある。別の項目を読んでいないと理解できない項目がある、という認識が思った以上に好きではない。という嗜好だけが、項目をいちいち分割しようとしてしまう判断を喧しく批難していたりする。まあ無視できる程度ではある。でも、脱却はできない程度ではあるかも、とも思う。とはいえ、別の項目を読んでいないと理解シキレナイ項目がある、というのは許容可能だったりする。理解シキレナイ、なら、無視も脱却も特に必要がない。境界線は何処にあるのさ、とは思う、し、境界線を巧く操作できるのであれば、前言の意識を変貌させることも可能になるのではないだろうか、と思ったりもする。