頻繁と輪廻のバランス

▼認識とか理解とかはわりと頻繁に使ってしまう。概念とか観念とか脆弱とか思考とか理路とか物語とか理論とか実際とかもそうだ。単語的か概念的に言うなら、同じことばかり考えて続けているように思えることがあったりはする。あるいは、対象を結局はいつも同じようなところに落とし込んで「目と手の届くもの」にしようとしているのではないかと思ったりもする。思考のメタ化が好きすぎるな、というのも思う。頻出するもの、からの逸脱を目指せば、普段とは違う思考、に辿り着くことは、確かにできるに違いない。のだけど、違和、異質、繰り返しでない、ということが、どこまで有効なんだろうか、ということもまた、考えておかねば、だし、考えておきたい、と思うのだった。準備、の有効性もまた、楽しげ、ではある。▼起床は午前9時半。出勤は無しだ。なぜか第三次スーパーロボット大戦αを始めている。可能なら『万物理論』も読みたい。言葉も紡ごうだ。