性格に合っている。だから自然に振舞える。ゆえに、得意だ、と、判断できる?

▼性格。性質。精神と思考に偏りがあることくらいはわかる。誰にでもある。だから、誰もが万能ではない。得手と苦手を持っている。でも、なぜなんだろう、と時おり思う。不思議だと感じてしまう。性格、が、得手と苦手を決める、という構造に対して、なんだか妙に不信感を抱いてしまうことがあるのだ。関係がよくわからない。肩のちからを抜いて自然に振舞えば性格的にこうなることが多いから、近似する領域の行為を「得意分野」として判断することが可能なのではないか、というようなことなのだとは思う。繰り返しは洗練に繋がっていく、ということが関係しているのだとは思う。でも、肩にちからを入れて不自然に振舞えば、という方向を、どうしてもっとうまく活用できないのだろうか、とも思うのだ。無論、経験的には理解している。気負いは、不慣れは、緊張は、確かに失敗を呼び寄せやすくなる。完璧や磐石や綺麗には繋がりにくくなる。けれど、どうにかして打破はできないのだろうか、と思ってしまうところがあるのだ。不自然はやはり苦手にしか繋がりえないのだろうか。自然に不自然をこなす算段は立てられないのだろうか。可能な限り可能性を狭めることはしたくない。最近はなぜか狭めようとしていた。のが不意にわかった。だから、打破を始めよう、と考えてみたのだった。で、このあたりに違和感を覚えてしまう、というところから思考を改めてみた。不自然だ、と思うこと。つまり、自然ではないこと。要するに、癖がついていないこと。あるいは、習慣的な方向とは違うこと。を、だから苦手なんだ、には、あまり繋げないようにする。繋げないようにしたいと思う。繋げる理由がまだないからだ。というか、繋げたい理由がまだない。だから。