問題と価値のバランス

▼問題なんていくらでも製造可能だろう。無論、価値の違いはありうる。問う価値があるかどうか、は、別の「問い」として製造することが可能だ、とも言える。問う必要があるかどうか、という「問い」に進化させることもできる。既知の問いかけかどうか、で「問う価値」は量られることが多いように思える。既知を問い直す、の話ではない。既知を繰り返す、の話である。既知を繰り返すような問い、は、わりと、無価値無意味無駄、と判断されてしまいがちだと思う。というか、判断してしまうことが正直ある。が、違うのではないか、とも思うのだ。行為として「既知の繰り返し」を低く看做すのは、確かに納得がいく。でも、問いの価値とそれは別のものだろう、と思ったりもするのだ。▼起床は午前10時。蝉の声が響いている。連日だ。昨年は蝉の声をあまり聞かなかったような、とぼんやり思った。休日。読書は、三島由紀夫『春の雪』をまた読み始めている。素敵だ。