愚痴りたいなら愚痴りたいだけ愚痴りなさい、愚痴とか思ってあげないけど

▼いちごカルピスサワー。梅酒のソーダ割り。空になったビールジョッキ。葱だけ大量に残った皿。牛のタタキ。安価そうな京風の御新香。隣席のだみ声。明るくない灯りとおそらくは計算されたであろう暗がり。夜独特の空気。愚痴を、愚痴だなあ、とか思ったことは、あまりない気がした。愚痴るし、愚痴れよ、って言うけど、嘘な気がする。吐露しても別にいいじゃん、言うだけ言っとけ、ラクになるなら、いいことだし、相手として誰かが目の前にいるほうが、話しやすいなら、いるから、話せばいいじゃん、なんてことを思うだけで、相談、とか、解決、とかも、あんまりなくて、適当に織り交ぜておもしろければ、勝手に混ぜ込んだりもして、適当に、不適当に、テキトーに、楽しく愉しく、話せれば、悪くないよな、って思う。思うだけだ。てのも嘘かもね、とも思う。ていうかわからないよなあ、ってやっぱり思う。結局「本心」なんてわからない。感触も気分も、時には断言できたりするけど、錯覚かも幻想かもとも思えて、疑い続けられるし、なんていうかもう、はっきり言って、キリがない。ああ、でも、うん、楽しかった。というのは、意外と、嘘じゃないかな、って思うので、ぐるぐるだね、って思う。会話はおもしろいなあ。