誰もが自分に不満を持っている、から始める

▼おのれの持つ、形質、性質、機能、性能、傾向、偏向、について、はっきりくっきり断言できるくらい「満足できていない」ことなんて、誰にだってあるだろう、と、現状では判断してしまっている。しまっているところがある。無論、完璧なる自己肯定者が思い浮かべられないわけではないし、先天的な脳内構造や後天的な教育方法によってはありうるかもしれない、と考えみたりもしてはいるけれど、いるのだけれど、今まで観察してきた範囲内では、やっぱりほとんど存在しないんじゃないかな、と思えたのだった。おのれに対する、どうしても嫌悪してしまうところ――どうしても失望してしまうところ。つまりは、修正したいところ――改善したいところ――強化したいところ。要するに、直したいところ。を、誰もが持っている。持っている、というところから、判断を始めている。始めてしまっているのがわかる。でも、わからない。はっきりとはわからない。断言できない。完璧なる自己肯定者、は、原理的に、あるいは、生理的に、不可能なのだろうか。可能だとしたらどういう人格が発言するのだろうか。ソレを私は求めているのだろうか。