思考リソースを開放して、閃きを呼び起こそうとする

▼なぜディスプレイを眺めていると思考がうまく進まなくなることがあるのか。
 ▼なぜ「停滞」することがあるのか。
 ▼なぜ「迷走」することがあるのか。
 ▼なぜ「これから進行していくところ」がわからなくってしまうことがあるのか。
▼で。
▼なぜ「別のことをしよう」とか思って、ディスプレイの前から離れてみると、あっさり閃いて、納得できてしまうことがあるのか。解決できてしまうことがあるのか。
▼画面の前から離れると、視線が明らかに変わって、思考が明らかに変わって、閃けることがある。閃けて、腑に落とせることがある。複数回経験している、とは言える。
▼閃けるのは、問題全体が見渡せるようになるからだ、と感じる瞬間もあった。
▼ゆえに、状況の変化が「全体像を見渡せる」変化に繋がったのだ、と判断してみた。
 ▼と考えてみて、続けて考えてみた。
▼構造図。設計図。回路図。俯瞰図。鳥瞰図。全体図。
 ▼を、見渡せること。
 ▼問題の全体マップ、を、思考に浮かべること。
  ▼は、おそらく思いのほか難しいのだろう。簡単ではないんだと思う。
 ▼問題を整理した図、の「描画」は、かなりのリソースを消耗するのだと思う。
 ▼だから、ほかで負荷がかかっていると描画できなくなってしまったりもする。
▼言葉、などの「思考を呼び起こすもの」は、視界内にあるだけで、いくらかリソースを喰うのだと思う。記号。象徴。指標。シンボル。シグナル。コード。サイン。
 ▼視線の向こうにあるだけで、容量が少しずつ削られていく。
▼で、ディスプレイはわりと「思考を呼び起こすもの」に埋め尽くされている。
 ▼結果として、ディスプレイの前だと、自動的に、無意識に、リソースが消耗される。
 ▼だから、綺麗に図形を描画できなくなる。
 ▼(全体マップ、のような、おおきな図形だけかもしれないが)
▼画面の文字列から離れることで、リソースが開放されて「見える」ようにもなる。
▼という構造かな、と「ディスプレイから離れたところで」閃いてみたのだった。