わかったつもり 読解力がつかない本当の原因(西林克彦)

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わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)

わかったつもり 読解力がつかない本当の原因 (光文社新書)

 ここまで、「文脈がわからないと文章がわからない」と述べてきました。文脈がはっきりすることによって、使うべきスキーマを確定することがはじめて可能になるからです。文脈の持つ力は大きいと言わざるを得ません。
 ところが、文脈のはたらきは、実はもっと多彩で強力です。この節では、それを確認しておきましょう。
 まず、次の文章を読んでみて下さい。やはりブランスフォードたち(Bransford and Johnson, 1973)のものですが、これはすぐにわかりますから安心して読んで下さい。

 男は鏡の前に立ち、髪をとかした。剃り残しはないかと丹念に顔をチェックし、地味なネクタイを締めた。朝食の席で新聞を丹念に読み、コーヒーを飲みながら妻と洗濯機を買うかどうかについて論議した。それから、何本か電話をかけた。家を出ながら、子どもたちは夏のキャンプにまた行きたがるだろうなと考えた。車が動かなかったので、降りてドアをバタンと閉め、腹立たしい気分でバス停にむかって歩いた。今や彼は遅れていた。

  この文章は、このままでももちろん了解できます。どんな話かと聞かれたら、「男の朝の支度」などと答えるのではないでしょうか。この文章の各部分に書かれてあることがらに、「男の朝の支度」という共通の背景・状況を考えることができ、逆に言えば、各部分はその文脈からはみ出していませんから、各部分間に関連がついて、了解可能というわけです。
 そこで文脈をもう少し細かいものにしてみます。「男の朝の支度」ではあるのですが、その男が「失業者」であると想定したいと思います。それでは、「失業者」の文脈で、もう一度読んでみて下さい。

 男が「失業者」であると示唆されるとどうでしょうか。前より何だか、「よりよく読めた」という印象を持たないでしょうか。前に読んだときに較べて、より具体的に何をしたのか、なぜそうしたのかなどが、より推測可能になるのではありませんか。
――P.57

▼わかるという現象――ことに「文章をよんで「わかる」という現象」に関しては、最も好きな判断が描かれていたと思う。素直にすごいと思った。現状「最も有益だった」と断言できる。ぼんやりと把握していた「わかる」を、ものすごく明確かつ的確に表現されてしまった、とか思っている。悔しい。悔しいくらい整理されていて、整理できた。