世界は称賛に値する

日記を書きます

言語表現法講義(加藤典洋)

言語表現法講義 (岩波テキストブックス)

言語表現法講義 (岩波テキストブックス)

 美、って何ですか。誰もがいい、と思うものです。あ、美しい!というのは、自分は美しいと思う、というんじゃないんです。これは、きっと他の人も美しく思うに違いない、そういう感情なんです。他の人も自分同様、美しいと思うはずだと思うこと、これが美の感情なんです。
 批評というものがある。たとえば僕はある本を読んで感動する。あるいは、うーん、もう一つ、と不満に思うとする。で、その思ったこと、感じたことをどれだけ「うまく」言い当てられるか、そこから書かれる僕の文章というのは、そういう目標との関係で、うまく書けた、だめだった、という感想を僕に生むことになります。
 それは、客観的な基準じゃないかも知れない。でも、いいですか。僕はこう思うんです。僕は感動する。うん、いい、これは僕がいい、と感じるんだから誰もが――まともだったら――いい、と感じるはずだ、と。僕はいいんだけど、他の人はどうか知らない、というようには、人はあるものを、いい、とは思えないんです。いい、というのには、すでに他人が入っているんです。他の人はどうか知らない、でも、自分の楽しみだからいいんだ、そんなのは、嘘。逃げている。自分のいい、という感情が他の人間から、たとえば僕から否定されるのをおそれている。でも、僕の判断だって正しいかどうかはわからない。それはそうなんです。でも、じゃあ、どうやってそれが正しいか、間違っているか、調べるのか。金なら物質だから、それが本物か偽者か、調べられます。でも、美、というのは、調べられない。客観的な基準なんてものはない。しかし、客観的な基準があるはずだ、という一人一人の情熱、確信、がある。自分はいい、と思う。これって絶対だ、誰だってまともならそう思うぜっ、たとえばいい音楽っていうのは、そう思わせるんじゃないでしょうか。皆さんの場合も。
――P.16