- 作者: 佐藤正午
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 1989/06
- メディア: 文庫
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どんなに若い人間にも思い出の一つや二つあるかもしれない。けれどぼくは若いだけでなく小説家でもあるから、それをただありのままに思い出して報告することはできない。ぼくはそれをいちど忘れ去り、やがていつの日か、それを思い出さずに物語らなければならない。「自分のことについては何も知らずにいて、それを思い出さずにたやすく忘れてしまうほうがよい」そう言ったのはグレアム・グリーンである。「忘れたもののことは夜にまかせておくべきである。いつかそれが小説のなかに姿をあらわすとしたら、それはわれわれが知っていてそうするのではなく、あまりに姿をかえているためにわれわれはそれをふたたび見てもそれと気がつかないのである」――『ある種の人生』(田中西二郎訳)
――P.175