世界は称賛に値する

日記を書きます

私の犬まで愛してほしい(佐藤正午)

私(わたし)の犬まで愛してほしい (集英社文庫)

私(わたし)の犬まで愛してほしい (集英社文庫)

 どんなに若い人間にも思い出の一つや二つあるかもしれない。けれどぼくは若いだけでなく小説家でもあるから、それをただありのままに思い出して報告することはできない。ぼくはそれをいちど忘れ去り、やがていつの日か、それを思い出さずに物語らなければならない。「自分のことについては何も知らずにいて、それを思い出さずにたやすく忘れてしまうほうがよい」そう言ったのはグレアム・グリーンである。「忘れたもののことは夜にまかせておくべきである。いつかそれが小説のなかに姿をあらわすとしたら、それはわれわれが知っていてそうするのではなく、あまりに姿をかえているためにわれわれはそれをふたたび見てもそれと気がつかないのである」――『ある種の人生』(田中西二郎訳)
――P.175