となり町戦争(三崎亜紀)

《★★★★》

となり町戦争

となり町戦争

 僕たちの世代というのは、戦争というものの実体験もないまま、自己の中に戦争に対する明確な主義主張を確立する必然性もないまま、教えられるままに戦争=絶対悪として、思考停止に陥りがちだ。戦争というコトバを聞くだけで、僕たちの頭の中に、普遍化されたモノクロの映像が浮かんでくる。行軍する兵士、黒煙をあげて落ちる戦闘機、忌まわしのキノコ雲、そして親を失い道端に座り込んだ、やせ細った子ども。それらの映像は、僕たちに思考する間も与えず、戦争を否定させる力を持っている。
――P.76

▼読み始めて一気に読みきった。おもしろかったからだ、とは言える。最近は妙に読書が習慣化しているからだ、とも言えるだろう。読書に対し格別な愉快を感じることのできる時期が訪れている。わりと好きな時期だと言っていい。行動に満足できる。覚えた『おもしろかった』は、わくわくではなくて、げらげらでもなくて、言うなれば『視線や視野を変える力』だった。戦争。戦争を知らないことには時おり意識を向けさせられる。知らなければ判断は誤謬にまみれたものになるだろうからだ。にもかかわらず、だからどうでもいい、とは言えないものだと判断しているからだ。戦争は例えば喧嘩や暴力とは違う。違うと思うのだけど、実際はそれすら不明瞭だったりする。見えない敵だ、と思った。わかりやすい敵なんて実際はいないんだよな、とは思う。なら何処に善処があるのだろう。