断絶と葉巻と岐路に立たされた男

▼誰かと絶縁したくて絶縁したことなんてない。連想してしまうのは『ブギーポップは笑わない』のあとがきなんかで、確かに改めて考えてみると『あの時ちょっと知り合っただけのやつ』とかっているよなあ、なんて記憶が、人生には思いのほかごろごろ眠っていたりする。薄い印象――淡い記憶――けれど確かにあった人間関係。だけど別に、したくて絶縁したわけではない。切ろう、と思って断絶を決意したわけじゃない。ただ単に『そういう流れだっただけ』だ。と思ってしまっていいのかな、と考える。断絶したか、と認識していた関係が復活するのが好きだ。想定外の素敵に胸躍らせられるからだろう。▼間違いなく未踏の場所だと言えた。かなり前から存在は知っていた。のだけど、訪れる機会が訪れるとは予想していなかった。胸が躍る。掛けられた暖簾は平均的なもので、暖簾に対して平均などを思えることが愉快だった。騒がしくなどはほとんどなく、冷静さを持続させるのに苦心は必要なかった。が、冷静さを持続させることは結局できていなかったのではないかと思う。間が持たなかった、というのはあるだろう。妙に楽しんでいた、というのもあると思う。酔いも無論あった。▼葉巻を吸う姿を眺めていた。ヨウ氏。あまり会う機会のない友人だった。断絶は好きじゃないな、なんて考えていた。関係は単なる流れで断絶することがある、と学んだ以上、放置する気にはなれなくなった、のだと思う。別に醜悪ではなく素敵だと言える、なんて思っておこう。藤原伊織を認識した。読もう。聞けば、岐路に立たされているようだった。できることがあるかどうかはわからない、が、できることなんてなにもない、は嘘だろう。だから、できることがあるならしようと思う。