複雑な世界を記述する複雑な論理

▼効率化と合理化の極みにあるような単純な意見だけが『論理的に正しいこと』の代表として挙げられがちなのが結構納得いかなかったりする。無茶苦茶複雑な現実を無茶苦茶複雑な論理で記述することだって不可能ではないはずだからだ。無論びっくりするほど長くなってしまうだろうし、複雑すぎて人間の分を超えるものにはなるかもしれないが、だからといってそれが、単純な論理こそが『論理的』である、と判断する根拠になるわけではあるまい。俗に言う『論理的な正しさ』と俗に言う『現実的な正しさ』が綺麗に噛み合わないのは、論理判定以前におこなわれる『単純化』や『抽象化』に瑕疵や誤謬が存在するからであって、論理に問題があるのではないのではないか、と考えているのだった。