世界は称賛に値する

日記を書きます

いずれにせよあなたがいてくれて良かったと思うから、祝うよ

▼誕生日を祝った。集合してボーリング場へと向かう。終了後、今度はバルバロッサで対戦する流れになった。勢いが素敵すぎる、と思った。▼選択肢にできているかどうかって意外に重要なところだよなあ、なんて時おり考える。誕生日を祝うということが選択肢になっていない人間の――誕生日なんだという話を聞いたら「おめでとう」と言うのが当然かつ絶対だと思っている人間の『おめでとう』と、誕生日を祝うか祝わないかをおのれの意志で選択した人間の『おめでとう』は、違うよな、ということだ。選択された、という情報に人間は価値を見出すものだと思う。多分、特別性が感じられるからだろう。