ジャストボイルド・オ’クロック

ジャストボイルド・オ’クロック (電撃文庫)

ジャストボイルド・オ’クロック (電撃文庫)

《★★★★》

「……おまえの言うとおり、本当の意味での人類は、滅んでいるのかもしれないな。正しい意味では、機械がなければ生きていけないおれたちは生命体ですらないのかもしれない。
 ……だがな、それでも世界は続き、おれたちは生きていくんだ。
 どんなにゆがんでしまっても、いびつに見えても、精一杯、がんばって、死に物狂いでなりふり構わず、な。そのためなら共生だってなんだってする。家電とだって付き合う。依存? 間違い? それがどうした。おまえがどう思おうとも、それもひとつの生き方だ」
「……」
「……ていうか、いまさらテレビやクーラーのない生活になんか戻れるかい。なあ?」
《ポジティブ!》
「ポジティブ!」

▼物足りないものがある、と判断した。胸中は訴えている。強く訴えている。なぜかどこか物足りないと。正直言って、著者の小説に物足りなさを感じたことは少ない。というかほとんどない、と断言してもいいくらいだろう。だとするならば、この評価は致命的なのかもしれない、とは考える。が、かまうまい、とも考える。なぜなら、どうせいずれこの物足りなさは補完されるだろうからだ。続刊によって補完されるだろうからだ。期待と推測を織り交ぜながら考える。いずれ新たなエピソードが出現し、情報が追加され、現状の物足りなさなんて意識からあっさりと排除され、最終的にこの物語は一つのエピソードとして『物足りなさなどまったく感じないおもしろい物語』に書き換えられるのだろう、と考える。続刊しろ、ということではある。続刊するだろう、ということでもある。物足りなさの分析もしておこう。心理描写の物足りなさ――もっと熱血で緻密で皮肉で本気な心理描写が読みたかった。物語展開の物足りなさ――たとえば『ザ・ワン戦』のような派手を予測させる気配と派手な予測すら超える展開が欲しかった。最後の戦闘シーンの物足りなさ――決して諦めることなく裏をかき足掻きながら勝利する姿が見たかった。意識的に選択されたものなのかもしれない、とも考えたりはする。結論は『おもしろかった』だ。