将棋の弱さ

▼将棋は好きだ。が、弱い。弱いのがわかる。思考が惰弱なのがわかるからだ。簡単に言うなら『何を考えればいいのかわからない』のである。ひどく狭い局面を思考の中に思い浮かべているだけで根本的には適当に打ってしまっている、なんて言ってもいい。結局私は数手先の『有利』を目指しているだけで、最終的に『勝利』を収めることを目指してはいない、のである。かつて将棋を打って、強い人に負けながら、このままじゃ絶対に勝てないだろうな、と悟った。思考の違いが明らかだったからだ。強い人間の思考ってどんななんだろう、ということも無論考えた。結果として囲碁を始めることになった。なぜ囲碁なんだ、という問いは当然のものだろう。単に将棋だと対戦相手がいなかったからだ、というのが明確な回答である。将棋よりは囲碁をやろうぜ、と誘われたわけである。無論囲碁も楽しそうだと思えた。ひさしぶりに将棋の対局をおこなって、やはり将棋も楽しいなあ、と思えた。けど全然変わってないじゃん、と思ってしまったところもあった。間違いなく思考が安定していない。以前と同じようになりゆきで選択しているに過ぎない。駄目じゃん、と思った。将棋も修行に値するよな、と思う。齧ってみようかな、とも思う。