同じ言葉からでも思い浮かぶものは違う

▼抽象的な対話をおこなうとき、比較的重要なのは、抽象化の『元』になったものが違うと『抽象化されたもの』だって全然違うものになってしまう、ということを、可能な限り意識しておくことだ、と考えている。たとえば、時おり同僚なんかと、お客様の苦情にどう対応すべきか、というような対話をおこなうことがある。この対話を違和感なくおこなうことができるのは、こちらとあちらの話している『お客様』がおおむね『同じもの』だからだ。簡単に言うなら、お客さん、という言葉を『トリガー』にして二人が脳裏に思い浮かべているものが近似している、のである。なぜか。無論、概念形成のために母集団として使用したデータが同じだから、だ。もう一つ例を考えてみよう。あのグループって結構雰囲気いいよなあ、なんていう発言があったとして――その発言を口にした側の『普段頻繁にそのグループ内で接している相手』がAさんとBさんとCさんで、発言を耳にした側の『普段頻繁にそのグループ内で接している相手』がCさんとDさんとEさんだったりしたら、正直言ってあんまりそうは思えないんだけどな、とか思ってしまう可能性は、高い。少なくとも、近似したものを脳裏に思い浮かべているときよりは違和感を感じやすくなってしまうだろう、と思える。この現象から、たとえ同じ単語を使用してやりとりしていても、煎じ詰めれば違うものについて話している可能性だってあるわけだから、境界線なんかをきちんと考慮しつつ話したほうがいいんだろうなあ、とか判断していたりするわけだ。ありていに言うなら、定義をはっきりさせてから議論しないとね、ということだ。