ラッセルのパラドクス 世界を読み換える哲学(三浦俊彦)

ラッセルのパラドクス―世界を読み換える哲学 (岩波新書 新赤版 (975))

ラッセルのパラドクス―世界を読み換える哲学 (岩波新書 新赤版 (975))

▼難しいぜ、と思った。最近は三浦俊彦氏の『ラッセルのパラドクス』を読んでいる。論理を背景に思索者ラッセルの思考を描こうと試みた書物だ。ラッセルに対しては、世界を論理で記述することを諦めなかった人物だ、なんて印象を持つことができた。素敵だ、と強く感じた。現象から理を獲得できる人間の認識機能に、こいつはすごいなあ、なんていう判断を持つことができているからだろう。素敵な機能を突き詰めてくれた人物に、素晴らしさを感じないわけがない、というわけだ。▼が、第5章の『分岐タイプ理論』の解説に辿り着いたところで、軽い挫折を覚えてしまったのだった。思考構造が明確かつ的確に想像できなくなってしまったからだ。こんがらがってしまった、のである。この想像力の脆弱さが私の思考が持つ弱点の一つなのだろう、なんて考えてしまった。もっと真剣に数学を学んでおくべきだった、なんて悔いを思ったりもした。このあたりは数学というものを学ぶことによって効率的に鍛錬することができる、と最近は判断させられることが多いからだ。鍛錬せよだ。▼論理学や数学を再学習せねばな、と考えてしまうことは多い。論理が複雑だから、という理由で理解が破綻してしまうことに、どうしても悔しさを覚えてしまうからだろう。要するに、論理というものに対してはなぜか根拠薄弱な自信を持ってしまっているのである。謎の自信を持ってしまっているから、理解の破綻に対して悔しさを覚えてしまったりするのだ、し、再び学びなおせば理解できるようになるはずだとか信じてしまえるのだ、と考えたのだった。思考強化は長き道のりだな、と思った。