もし君とうまく話せるなら

▼類は友を呼ぶ、という言葉がある。観察してきた結果、確かに『スペシャルな人』の近隣には似たような『スペシャルな人』がいることが多い、と判断できるように思う。スペシャルな人間同士の絡みというのは、おおむねおもしろい。だから、こうしてこの二人が絡む運命で良かったなあ、なんて妙な感謝を思ってしまうこともある。逆に、この二人が絡んだらおもしろそうなのになあ、なんて残念無念を思ってしまうことだってある。時おりテレビ番組なんかで、複数のコンビをばらばらにしてコントをする、なんて企画がおこなわれたりする。というのと同じような状況を思わず想像してしまうのである。普段は違う分野で活動しているこの人とこの人が絡んでいるところを一度見てみたいものだ、とか考えてしまうのだ。▼送別会がおこなわれた。開催地は赤羽だった。遅刻しそうになりながら、集合場所へといそいそと向かう。ひさしぶりに見る顔ぶれが、思いのほかたくさん並んでいた。雰囲気はほとんど変わっていなかった。想像以上だった。嬉しく思った。楽しそうで良かった、と思ったりもした。初対面の参加者も二名ほどいた。が、意外に楽しめた。と意識して、おのれに対して改めた新鮮さを覚えることもできた。▼かつての自分ならこんな風に楽しみながら絡むことはできなかっただろう、と思えたからだ。これまでの経験によって初対面の相手と会話することが間違いなくうまくなった、と、最近は判断している。明らかに抵抗が減じている、と思えるのだ。だから、コミュニケーションというのはやはり技術で補完できるところも小さくはないのだろう、と考えていたりする。と同時に、苦手なところを鍛えようとするなら、ちょっとずつでも実践にさらされる場に身を置いておくことが重要なんだろうな、なんて考えていたりもする。要するに、慣れが大切なんだろうな、と判断してみたわけである。ならばもっと慣れよう、と思った。