世界は称賛に値する

日記を書きます

赤緑黒白(森博嗣)

赤緑黒白 (講談社文庫)

赤緑黒白 (講談社文庫)

P.260

「でもさ、キリスト教徒を迫害した時代だって、当たり前だ、悪いことをしている奴らだって考えたわけでしょう? 悪魔だ、魔女だって言って迫害するのって、迫害している側から見たら、正義なんだよね」
「しかしなあ、殺人者を迫害しているっちゅう考えは、ちょい極端やと思うわ。歴史的にも地理的にも、どんな社会かて、殺人はあかんってことになってたんやも」
「だから、殺人がしたい人は、生きにくいよね」
「当たり前やん」
「当たり前かな……」練無は困った顔をする。「えっと、たとえば、映画とかの時代劇とか、西部劇とか、あと、漫画とか、わりかし簡単に次々に敵を倒すヒーロっているよね」
「うん、それ紅子さんの受け売り?」
「実際、相手を殺して回るヒーロっていう設定があって、わりとみんな、抵抗なくそういうのを受け入れてるし、見ていてすかっとするし、一応、やられる側には、悪いことをした奴らだとか、人間じゃないとか、っていう理由は用意してあるけどさ、でも見ている人たちは、ばたばた人間を殺していくヒーロを格好良いって思えちゃうんじゃないかな」
「仮にそう思っても、実際にそうなるわけやなし。それは単に、そうやって、架空の世界でストレスを解消してるんよ」
「ほら、だからさ、そのストレスが解消されるっていうのが変じゃない? どうして、ストレスになるわけ? やりたいことができないっていうのがストレスじゃない? 人を殺すことを我慢しているわけ? どうして、そういう殺戮シーンが気持ち良いって感じるのかな?」
「悪い奴が死んだら、平和になるもん」
「そうかな……。戦争って、みんなその平和を夢見て戦っているみたいだけど、それだけかな? それだけの動機で、あんなに長く戦いが続けられるかな?」
「あいつのせいで苦しんだん、今度は、あいつが苦しむ番や、っていう感じ。つまり、復讐。それをヒーロがやってくれるから、すかっとするわけ」
「だけど、今の社会は、殺人を犯した人でさえ、その場で死刑にはなかなかならないでしょう? 改心する機会を与えようとする」
「あ、それが生ぬるいと思って、ストレスが溜まるんかも」
「うん」練無は頷いた、「思うけど、人が苦しむのを見て喜ぶって、最低じゃん」
「うん、ま、それはそうやけどな……。そや、れんちゃん、君、なんで少林寺やってんの? いったい誰を攻撃するため?」
「向かってくる奴」
「それ、復讐と違う?」
「うーん」
「最低やないの?」
「別に、喜んでないもの」
「そんな表面的な問題?」