世界は称賛に値する

日記を書きます

赤緑黒白(森博嗣)

赤緑黒白 (講談社文庫)

赤緑黒白 (講談社文庫)

P.259

「ああいうさ、人を何人も殺してしまう人間って、どうなんだろう? 異常なのかなあ? もし異常なら、どこが異常なんだろう? 肉体的な障害なら、将来はきっと治療できるはずだよ。そうなったら、本当にこの世から人殺しとか、戦争とか消えると思う?」
「ていうか、そういう状態を異常やと、決めただけ、この社会は。そうしんと、えらいことになるから」
「どうなる?」
「そりゃ、力の強いもんが、弱いもんを虐めて、どんどん殺して回るかもしれん」
「そうかな……。そうなったら、力の弱い者は団結して、抵抗するんじゃない? 殺されっぱなしにはなってないよ」
「それがつまり、今の社会の仕組みやん」
「今は、どっちかっていうと、人を殺して回りたい人間は、弱者だよね」
「え?」紫子は首を捻った。
「だって、堂々とはしてられないでしょう? ヒーロにはなれないよ。隠れてこそこそと人を殺しているわけじゃん。大勢から逃げ回っていて、つまり、虐められている、迫害されているってことでしょう?」
「迫害っていうても、そんなもん、当たり前やろ? 悪いことしてんねんも」
「でもさ、キリスト教徒を迫害した時代だって、当たり前だ、悪いことをしている奴らだって考えたわけでしょう? 悪魔だ、魔女だって言って迫害するのって、迫害している側から見たら、正義なんだよね」
「しかしなあ、殺人者を迫害しているっちゅう考えは、ちょい極端やと思うわ。歴史的にも地理的にも、どんな社会かて、殺人はあかんってことになってたんやも」
「だから、殺人がしたい人は、生きにくいよね」
「当たり前やん」
「当たり前かな……」練無は困った顔をする。「えっと、たとえば、映画とかの時代劇とか、西部劇とか、あと、漫画とか、わりかし簡単に次々に敵を倒すヒーロっているよね」
「うん、それ紅子さんの受け売り?」
「実際、相手を殺して回るヒーロっていう設定があって、わりとみんな、抵抗なくそういうのを受け入れてるし、見ていてすかっとするし、一応、やられる側には、悪いことをした奴らだとか、人間じゃないとか、っていう理由は用意してあるけどさ、でも見ている人たちは、ばたばた人間を殺していくヒーロを格好良いって思えちゃうんじゃないかな」
「仮にそう思っても、実際にそうなるわけやなし。それは単に、そうやって、架空の世界でストレスを解消してるんよ」
「ほら、だからさ、そのストレスが解消されるっていうのが変じゃない? どうして、ストレスになるわけ? やりたいことができないっていうのがストレスじゃない? 人を殺すことを我慢しているわけ? どうして、そういう殺戮シーンが気持ち良いって感じるのかな?」