カーメン(ビートのディシプリン)

 無論『覚悟に足るもの』を見つけるためには、自分を知らなければならない。自分の身に絡みついている宿業を見極めなければならない。自分の送ってきた過去を、自分の歩んでいる現在を、自分分の進んでいく未来を、見つめなければならない。でなければ、本当にそれが『覚悟に足るもの』なのか、わからなくなってしまうからだ。迷いを覚えてしまうからだ。受け入れられなくなってしまうからだ。迷いが消えるところまで考え尽くさなければならない、のである。と同時に、覚悟に足るものについても同じように知らなければならないし、覚悟に足るものに絡み付いている宿業を見極めなければならないし、覚悟に足るものの過去を、覚悟に足るものの現在を、覚悟に足るものの未来を、誠実に見つめなければならない。でなければ、本当にそれが『覚悟に足るもの』と言えるのか、わからなくなってしまうからだ。迷いを覚えてしまうからだ。受け入れられなくなってしまうからだ。迷いが消えるところまで考え尽くさなければならない、のだ。自分というものに振り回されず、世界の圧倒的な奔流にも振り回されず、ただただ『強く』生きていくためには、おそらくそういったことが不可避なのだろう。というようなことを考えていた。