好きだとか有用だとか勝手なこと言われる前の世界

 ただすべてがあるようにあるだけ。という『端的な世界』を想像することは、できるように思う。価値観による選別に晒される前の世界、であり、美意識による検閲を通される前の世界、である。つまりは、すべてが等価な世界、だ。目的というものが配置される前の世界である、なんて言ってもいいかもしれない。価値や美しさといった意味は、目的と対比して構成されるものだからだ。ひどく単純な世界だ、と言っていい。とても純粋な世界だ、とも言える。そこに私は足を踏み入れる。片手に『価値観』という武器を持って。